デス・オーバチュア
第177話「闇の二重奏」



それは試合でも戦闘でもない。
狩り……そして、食事だ。
相手を殺すことが目的な戦闘や殺戮よりも、ある意味グロテスクで無慈悲な光景。
残酷な自然界の真実、生物の本性の姿がそこにはあった。


「ふん……やはり焼いた方が美味いか……?」
「あああああああああああああああぁぁぁっ!」
金髪の巫女……黄金竜エアリスは、口から数枚の羽を吐きだした。
彼女の前で大地をのたうち回っているホークロードの背中から、左翼が無くなっていた。
力ずくで引きちぎられたかのような無惨な傷跡と出血が、痛々しい。
「それとも、人間の食事……加工した餌に舌が慣れすぎたか……?」
空高く殴り飛ばされたホークロードは、地上に落下すると同時に獰猛な竜に襲われた。
竜(エアリス)は文字通り、ホークロードの左翼を『食いちぎった』のである。
見た目は普通の人間の少女……可愛らしい小さな唇が、ホークロードの翼を一呑みにしてしまうという有り得ない現象が起こっていた。
「ああああ……くぅぅっ!」
のたうち回っていたホークロードが、いきなり右手の爪をエアリスに突きだして跳びかかる。
「砕けた腕でなお襲いかかるその意気は良し……だが……」
エアリスは、ホークロードの突きだした右手をあっさりと左手で掴むと、無造作に引きちぎった。
「いやあああああっ!?」
腕を引きちぎられたホークロードの右肩から勢いよく血が噴き出す。
「喚くな」
「えぐっ!?」
エアリスの右手が手首までホークロードの腹部に突き刺さっていた。
「野鳥、お前のモツは美味いか?」
「あっ……あああっ……」
ホークロードはこれから起こることを予測してしまい、恐怖が痛みすら麻痺させる。
「ふん」
エアリスは勢いよく右手を引き戻し、ホークロードの臓物を内側から引きずり出しぶちまけた。



「OH……グロテスクな光景ネ……」
「残酷に見えるけど、これも自然の摂理ですの」
バーデュアとフローラは、一方的なエアリスの『狩り』の感想を述べた。
エアリスの行為はどれだけ残酷に、無慈悲に見えても無意味な殺戮ではない。
なぜなら、彼女はちゃんと引きちぎった翼も、引きずり出した臓物も残さず食べているからだ。
「鳥人と黄金竜……最初から勝負にすらならないわ。黄金竜から見たら、あんな鳥人、蚊か蠅みたいなものだもの……」
フローライトは鋭い眼差しで、エアリスの行為を見つめている。
相変わらず凛々しく堂々としているが、彼女の声と体は微かに震えているようだった。
「What? フローライト、あのドラゴンが怖いネ? HAHAHA、YOUにも怖いものがあるなんて知らなかったネ」
「……貴方は解っていないのよ、あの竜の怖さが……あれはその気になったら、三十分とかからずにこの森の全ての生き物を喰い尽くすわ……」
「NOOOOっ!? そんな大食いありえないネ! 食いしん坊にも程があるネ!? 滅茶苦茶過ぎヨ!?」
「…………」
フローライトは無言で、その無茶苦茶が事実であることを肯定する。
「……でも、私が恐れているのはあの竜に森の皆を食い尽くされることじゃない……下手に暴れられて、あの子が目覚めてしまうことよ」
「OH! 忘れていたネ、彼女が居たネ! 彼女ならあの竜に勝てるかもしれないヨ!」
名案といった感じで言うバーデュアに、フローライトは重い溜息で返した。
「馬鹿ね。確かにあの子なら間違いなく竜にも勝てるでしょうね……でも、あの子が目覚めたら全て終わりなのよ! この森はあの子の手で内側から滅ぼされてしまうわ……それだけは絶対に避けなければいけない……」
フローライトの眼差しの鋭さが増す。
その眼差しはエアリスにではなく、さらに遠くにある何かに向けられているかのようだった。



「御預け」
その声が響いた瞬間、エアリスの動きがピタリと止まった。
ホークロードは、内臓を引きずり出されただけでは済まず、さらに右足と左足を完全に食いちぎられて、見るも無惨な姿を晒している。
「そんな野鳥を生で食べちゃ駄目ですわよ、エアリス。ペッしない、ペッ……」
ホークロードが無理矢理開けた空の『穴』からではなく、今は閉じられているはずの正当な森の『入口』から、金色の髪の少女が出てきた。
「ダイヤ?」
フローラが少女の名前を口にする。
「何でダイヤが森に居ますの? ううん、そもそも何で『入れる』んですの?」
「あら、フローラ奇遇ですわね」
金髪の少女、ダイヤモンド・クリア・エンジェリックは今存在に気づいたかのように、フローラに視線を向けた。
「結界の『壁』にあんな大穴が空いているんですもの、存在座標はモロバレ……どこに在るのかさえ解れば、入口をこじ開けるのも、入口を新たに作るのも思いのまま、至極容易いことですわ」
ダイヤは本当に誰でも簡単にできる容易いことのように言う。
「……すでに全て呑み込んでしまった……吐くのは嫌だぞ……」
動きを止めていたエアリスは、息も絶え絶えなホークロードをゴミのようにポイ捨てすると、歩み寄ってくるダイヤの方に向き直った。
「まあ、すでに食してしまった分は仕方ないですわ。でも、そこまでにしなさい……城に戻ったらちゃんとした食事を用意して差し上げますから、もう帰りましょう」
ダイヤは上品で優しげな笑顔を浮かべている。
「むっ……食い残すのはスッキリしないが……お前がそう言うなら仕方ない……運が良かったな、野鳥……お前のモツはなかなか美味かったぞ……」
エアリスは倒れているホークロードに一瞥した後、もう完全に興味を失ったように、ダイヤの方に歩き始めた。
「…………」
「どうしたネ、フローライト? 怖い顔して黙って……」
フローライトは、バーデュアの言うとおり、怖い顔……というか余裕のない表情で、エアリスとダイヤを見つめている。
「……バーデュア、貴方にはアレが何に見える……?」
「What? 竜と人間ネ、それ以外の何だと言うネ?」
「……そう……あなたにはアレがただの人間に見えるわけね……」
フローライトはエアリスとダイヤ……特にダイヤを見つめながら額に冷や汗をかいていた。
「フローライト、ダイヤがどうかしたんですの? ダイヤのことなら、何度か話したことが……」
「ええ、貴方の姉君の恋人の妹、お隣さん、人間の貴族の令嬢……ただの人間のはずな存在……だったわね……」
フローライトはなぜか自嘲するような笑みを浮かべる。
「……もう何が出てきても驚かないわ」
フローライトは体から疲れを吐き出すかのように、深く溜息を吐いた。
「では、お邪魔しましたわ。無断での森への侵入、ひらに……あら?」
ダイヤの声を遮るように、彼女の背後で爆発的な赤い閃光が放たれる。
同時に、空の上からも赤い閃光が放たれた。
「ふん、野鳥の足掻きか……」
赤い光が、空のもう一つの赤い輝きに向かって飛翔していく。
『DARK DUO』
二つの赤い光が一つになり、爆発的な赤き輝きが空を埋め尽くした。



「やれやれですわ……」
何を思ったのかダイヤが、ノワールの埋まっているはずのクレーターの中に飛び込んだ。
「ふん、そう急いで帰ろうとせずとも良かろうに……」
楽しげに微笑を浮かべるエアリスの口元で鋭利な牙が輝く。
その時、背後の大木の影の天辺に人影が加わった。
「さっさと降りてきたらどうだ……?」
エアリスは背後を振り向きもせずに、その存在を察し、挑発するように呟く。
「魔王爪(サタンクロー)!!!」
「ふんっ!」
エアリスは振り向き様、右拳を突きだした。
その拳を、巨大な鉤爪のような手甲の掌が受け止める。
「ほう……」
エアリスは感嘆の声を上げた。
鉤爪型の手甲とエアリスの拳が、互いに突きだし合った形のまま完全に静止している。
それはつまり、鉤爪の一撃が、エアリスの拳とまったく同等の威力があったということだ。
羽ばたきの音と共に、鉤爪が引き戻される。
「サタン……魔王か……身の程知らずな名を口にしたものだ……」
そして、エアリスの正面に一人の少女が降り立った。
二つの大きな赤いリボンで分けられた金髪のツインテール、両手、両足、両肩、胸、腰だけに纏われた紫黒の甲冑。
まるでビキニ(胸と腰を僅かに覆うだけのセパレーツ型の女性用海水着)のような面積の少ない甲冑は、裸の上に直接装備されていた。
裸を隠す八つの甲冑の中でもっとも異質なのは両手の甲冑である。
手甲というよりも、巨大な鳥の鉤爪のような、五本の無骨で鋭利な爪が妖しく獰猛な輝きを放っていた。
胸を除く七つの甲冑には無色の水晶球が埋め込まれており、胸の甲冑には水晶球の代わりに、血のように赤い輝きを放つ宝石が中心に埋め込まれている。
背中には、甲冑と同じ紫黒の美しい鋼鉄の翼が生えていた。
「まさか、合体するとはな……色々と楽しませてくれる……」
エアリスと向き合っている少女は、指一本動かせない程までに消耗していたはずのマリアルィーゼである。
だが、今のマリアは、以前の二倍以上の凄まじい魔力を体中から溢れさせていた。
「超魔マリアロード……まあ、サタンマリアとか呼んでくれてもいいけどね」
少女の声はマリアと同じだが、口調は今までのマリアとも、ホークロードとも微妙に違っている。
「ふむ、合体というより……正確には野鳥を鎧化して纏ったのか……?」
「さて、じゃあ、ホークロードの『借り』を返させてもらうわ」
「借り? 何も貸した覚えはないが……?」
「そっちには覚えはなくても、こっちにはあるのよ!」
マリアが右手を突き出すと、手甲に埋め込まれた水晶球が赤く染まり、掌から巨大な火球が放たれた。
「くだらない……」
エアリスは無造作に左手の裏拳を火球に叩きつける。
火球が破裂し、爆炎がエアリスの視界を完全に塞いだ。
「魔王爪!」
爆炎を貫いて、巨大な鉤爪がエアリスに襲いかかってくる。
「ふん!」
エアリスは左拳を鉤爪の掌に叩き込んだ。
先程の激突と同じように、エアリスの拳とマリアの鉤爪が互いに押し合い完全に拮抗する。
「なるほど、確かに互角の腕力だ……」
エアリスは楽しげに牙を覗かせて微笑する。
エアリスは左拳を引き戻すと同時に、右拳を突きだした。
その右拳を、突き出されたマリアの左の鉤爪が受け止める。
「がああっ!」
「あははっ!」
エアリスの両拳と、マリアの二つの鉤爪が何度もぶつかり合った。
「ほう、たいしたものだ……がああああぁっ!」
エアリスとマリアの姿がその場から一歩も動くことがないのが、エアリスの拳とマリアの鉤爪の威力がまったくの互角なことを現している。
二人の拳と鉤爪がぶつかり合う度に、爆発するような轟音が森に響き続けていた。
「ふっ!」
このままでは埒が明かないと判断したのか、マリアが一度空へと逃れる。
「あはははははは〜っ!」
マリアの両手の水晶球が赤く輝くと、二つの鉤爪から矢継ぎ早に巨大な火球が撃ちだされ続けた。
「つまらない攻撃だ……ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
飛来する無数の火球が、エアリスの咆吼一つで全て掻き消える。
「くっ、なんてデタラメな生物なの……」
「ふん……結局この程度か……」
「えっ?」
「飛ぶのが面倒だ……降りてこい……!」
「つきゃあああああああああああっ!?」
エアリスが無造作に右手を空に突き出すと、凄まじい突風が生じ、マリアをさらなる空の彼方へと吹き飛ばした。
「しまった……落とすのではなく、飛ばしてしまった……」
「足止め御苦労様、エアリス。さあ、帰りましょう」
「……別に足止めをしていたつもりはなかったのだがな……」
ダイヤがクレーターの中からふわりと跳び出てくる。
「あの程度の存在、餌としてならともかく、戦う程の価値はないでしょう?」
ダイヤは、マリアが消えていった空に視線を向けた。
「ネズミの相手はネズミがすればいい……ネズミではライオンの遊び相手には成れないのだから……」
エアリスとマリアでは、生物としてネズミとライオン程の強さ……格の違いあると、ダイヤは言っているのである。
「……まあ……それもそうだ……あの脆弱さではな……」
エアリスは、ダイヤの発言を、自惚れではなく、ただの事実として納得し受け入れた。
「あなたがどれだけ手を抜いていたのかも見抜けず、合体して互角の力を得たと勘違いする……所詮、その程度の愚者……これ以上、つき合うのは時間の無駄ですわ」
「私は無駄もそれ程嫌いではないがな……どうせ暇を持て余しているのだしな……」
「同じ暇潰しでも、もっと有意義なことで暇を潰すべきですわ……では、そういったわけで、私達は失礼させていただきますので……後は宜しくお願いしますわ」
ダイヤはそう言って、クレーターから出てきた少年に一礼する。
「ふん……」
クレーターから出てきたのは黒髪の少年ノワールだった。
ノワールは、ホークロードから受けたダメージも、汚れも全て綺麗に消え去っているように見える。
「時間さえ経てば勝手に治ったが……一応、治療の礼は言っておくよ」
「礼に及びませんわ。その代わり、そろそろ戻ってくるアレの始末をお任せして宜しいですわよね? アレは本来あなたの相手なのですから……」
「ああ、確かに引き受けた……だから、君達はもう消えていいよ……いや、寧ろ消えろ、目障りだ」
ノワールは不快感を隠そうともしない、とても恩人に対する態度ではなかった。
助けられたことが不快なのか、ただ単にダイヤが嫌いなタイプなのか、その不機嫌の理由はノワール自身にしか解らないことである。
「ええ、では消えさせてもらいますわ……行きましょう、エアリス」
ダイヤは、森の奥を見つめていたエアリスに声をかけた。
「ふん、この『奥』に何があるのか少し興味があったのだがな……」
「…………」
フローライトは無言で、さっさと帰れとばかりに冷たい眼差しをエアリスに向けている。
「……まあいい、諦めるか……では、邪魔をしたな、エルフと愉快な仲間達……」
エアリスは、フローライト達に一瞥をくれると、さっさと一人歩き出しているダイヤの後を追った。
やがて、二人の姿が森の『入口』……結界の境に消えていく。
「ちょっと待ちなさいよっ! ああっ、逃げられた!?」
マリアが空の彼方から帰ってきたのは、丁度二人の姿が完全に森から消え去る瞬間だった。




















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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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